2011年03月18日

「疎開」も選択肢の一つ

地震の翌々日に、6時間の講師を終えて
ぼ~っとなった頭であれこれ考えていた時
自分だったらどうするかと考えたら
「疎開する」と思いました。
だから
必要な支援の一つに「疎開」もアリなんじゃないかと思っていました。

ただ、
「疎開」という単語が適切なのかがよくわかりませんでした。
「避難」とは違うし「移住」でもないし、その中間って感じ。
正しく表現する単語を自分が知らないだけなのかもしれないと思っていました。

ところが、先日
ツイッターで橋下知事が「疎開大作戦」として、受け入れ&被災地にむかえに行くと発表され、
内田樹さんもブログで「疎開のススメ」を書かれています。

ってことは
やっぱり「疎開」なんだ。

「疎開」以外に表す単語がないのだという事実を知った時
これはやはり戦後最大の危機なのだと感じました。

戦後、使う必要の無かった「単語」を使わなければならない事態なのだと。

特に
小さいお子さんや
高齢者や
そして
障害のある方達は
「疎開」もアリだと思います。

住居と医療と職場と学校をセットで提供しないといけないから
国を挙げて、疎開プロジェクトをして欲しいです。


一刻も早く被災地の皆さんの「日常」が戻りますように。

<追記>
大阪寝屋川の冨田さんからの情報
全国自治体から被災者受け入れの動き「被災者疎開大作戦」

posted by こうまま at 19:47| Comment(13) | TrackBack(0) | オピニオン | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
五人家族中二人が自閉症、三人が障害者手帳保持、三人が発達障害者なので、いざというときには疎開しかないかなと私も思います。避難所で暮らす体力と適応力がないので自衛策を考えないといけないなと思いました。
Posted by 賢ママ at 2011年03月18日 19:58
こんばんは
疎開ですね。
電気、石油、ガス、水が不足している状態では頑張れないですもんね。
先ずは、戦略的撤退!
よし、疎開の方がきてもいいように心構えしておきたいと思います。
Posted by 中西貴洋 at 2011年03月18日 20:05
◇賢ママさん
我が家も、何しろ「こうくん」ですから、マジで避難所は2日が限界だと思っています。
大型入所施設と日頃から仲良くしておこうとココロに誓いました。
いざというときには、やっぱり、大きな建物ですよね。

◇中西先生
愛知の養護学校はどこまで受け入れ可能なんでしょうか。
知的のお子さんの場合、入所施設と養護学校のセットですよね。
教育と福祉が協働しないと無理。
こういう時だからこそ、できることもあるのかも!
Posted by こうまま at 2011年03月18日 21:35
疎開、というのは、「いつか地元に戻る」ことを前提にした言葉であると思います。
でもふるさとを離れ、居心地のいい土地に住み慣れてしまったら、傷ついたふるさとに戻る気持ちになれるかどうか。
また、「苦労して我々が再建したところにのうのうと戻ってきて」的な軋轢もあったりします。

被災地の自治体は目の前の被災者をケアすることで精一杯で、嫌な言い方だけれど他都道府県に逃げた人間のフォローまではしてくれないと考えた方がいいです。
戻りたいなら留守宅や友人、情報網を駆使してかなり意識的に地元の情報収集をしていく必要があります。
疎開のつもりで結局移住になってしまった人が少なくとも阪神の震災の時には大勢あったようです。

ただ、どの土地であろうがとにかく生き延びることが最優先、ですよね。
Posted by あき母 at 2011年03月18日 22:10
今日NHKラジオを聴いていて得た情報です。
国も(疎開先という言葉こそ使ってないですが)受け入れ先を求めているようです。
国民みんなが「できることがあれば」と考えている中で、自治体の長がどう考え動くのか、注目したいです。
Posted by ひろみママ at 2011年03月18日 23:35
◇あき母さん
それぞれの立場で、可能なこと、無理なことがあるから、無理な人は「逃げる」という選択肢はあっていいと思います。

居心地が良かったら、移住もありだと思います。

生きててナンボ
ですものね。
Posted by こうまま at 2011年03月18日 23:48
◇ひろみママさん
西日本に一時待避
って感じでしょうか。
派遣と受け入れの並行支援かなと思います。
Posted by こうまま at 2011年03月18日 23:51
お久しぶりです。次郎君のママです。
毎日計画停電をやり過ごすだけで精一杯の一週間でした。
何から書きましょうか
金曜日はみんなが施設にいるうちに電車が止まったので、施設で待機して、迎えに行くのを待っていました。
迎えにいけない人は、施設の人が車で送ってくれました
(うちは、送迎バスはないので)
その後は、施設によって金曜までお休みや、急に電車が止まった場合でも一人で帰れる場合のみ通所とか
いつもは単独で電車で通っていますが、日常に近い生活を遅らせたくて、火・水は自転車で送迎(各自運転で)、今日は電車で送迎
いつもは車も使うのですが、ガソリンが心配で。
次郎君は、気をつけてもいろんな情報で、やはり不安定になって・・・
まあ何とかやれていますから、来週もやれます。


被災地の方のご苦労には比べ物になりませんが、
計画停電や卒業式に一同に会する事の危険等を考え、花ちゃんの大学の卒業式がなくなり、ちょっと残念です
女の子の親らしく楽しみにしていたのですが

場に合わないようでしたら、削除してくださいね
Posted by saramama at 2011年03月19日 00:10
◇saramamaさん
お久しぶりです。
川崎でも大変な状況なのですね。
昨年夏の2日半の停電で、サバイバル生活を経験したのですが、田舎の停電と都会の停電は、やっぱりちがいますね。
電車が止まることは、こちらでは日常生活に全く影響ないですから・・・
ガソリンは生命線なので、それは困ります。
Posted by こうまま at 2011年03月19日 00:18
おはようございます。
これはあくまでも個人的見解ですが、愛知県の障がい児の受け入れは正直申し上げて厳しいところはあります。他県と比べてもマンモス校が多いですし…僕自身としてできるだけのことはしたいと思っています。
Posted by 中西貴洋 at 2011年03月19日 09:25
◇中西先生
そうですよねぇぇぇ・・・・

例えば、我が家が被災したら
こうくんは被災地に残っても復興のお手伝いは出来ない訳なので、疎開を選ぶと思います。
でも、こう父はめっちゃ役に立つハズなので残ると思います。
としたときに、かなりサポートがないと・・って。
現実は厳しいですね。
Posted by こうまま at 2011年03月19日 11:38
仮設住宅が整うまでの間だけでも長期研修みたいな形で先生も含め小さなグループ単位で地元学校の校舎を利用しての瀬戸の分校スタイルみたいな形は取れないのかな?とか、毎年なんだかんだとマンモス対応対処してきているのだから、ある意味ノウハウがあるのではないかと…。ものすごく沢山は無理でも一クラス1人づつでも受け入れが出来たら・・・とか考えていました。
障がいのある子どもたちへの現実的なサポートはどんなものがあるんでしょう?
Posted by shiba at 2011年03月19日 20:28
◇shibaさん
障害のあるこどもへの直接支援というより、その家族も含めてのサポートだと思います。
生活していかないとイケナイので・・・。
Posted by こうまま at 2011年03月20日 10:43
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