2011年04月13日

大丈夫って?

先日の
特別扱いはしません発言の某教育関連機関の先生ですが。

ゆうの人はA君に特性があると言っていたが
私が見る限り、そういうのはないから、大丈夫ですよ。
お母さんが、もっとしっかりしないと。

とおっしゃったそうな。

「そういうのはないから大丈夫」
ってのは
「発達障がいの特性はないから大丈夫」って意味ですよね?

大丈夫か否かに障害の有無は関係ない。
別の次元の話だと思います。

自閉症の特性ばりばりの我が家のこうくん。
春休みで母が怠慢だったせいで行動の制御統制が
ちょっと「大丈夫じゃなかった」んですが
ここ数日、立て直しのために必死で頑張ったので
割と「大丈夫」になりました。
またまたHARIBO大活躍で。(え~ん)

そういうモンでしょ~。
posted by こうまま at 23:10| Comment(8) | TrackBack(0) | オピニオン | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
きちんと勉強して下さっている先生はそんなことないと思うのですが、学校の先生が言う「大丈夫」は先生は(気付いてないから)困らないという意味にしか思えません。
大切なのは本人が黙ったまま困っていないかということです。
先生はお仕事なのでちゃんと気付いて頑張って困って頂きたいと常々思います。
Posted by かぼちゃ at 2011年04月14日 13:21
◇かぼちゃさん
なるほど~。
確かにそうですね。
自分は別に困ってないから「大丈夫」
子どもはめっちゃ困っているかもしれないのに・・・。
Posted by こうまま at 2011年04月14日 20:16
うちの息子が中学生だったとき...
困惑したり、ツライ場面で
Aくんは、他傷行為(クラスメートや先生の顔を殴る)や学校からの飛び出しが頻繁にあり、
Bくんは、自傷行為(自分の頭を壁に打ち付ける)があり、
Cくんは、静かに固まってしまっていました。

先生が「問題アリ」としたのはAくんのみ。
Bくんは「他人には害を及ぼさないからOK」、
Cくんは人目からは特にツライ思いをしているようには見えない(というか、誰も困る事態ではない)から放置。
というわけで、先生がたは「数」でAくん対応。
環境を整えたり、彼の困難を理解して適切な支援を展開していくんじゃなくて、とにかく人海戦術でその場対応。。。

ちなみにCくんがうちの息子です。
「とても落ち着いてますよ」
「学校では困っているところはありません」(断言!)
...って、『私たち(=教師)は困っていない』という視点で語られてガックリしたことがあります。
Posted by luce in NY at 2011年04月14日 21:34
 先週のNHK福祉ネットワークで取り上げられていたように、『大人の発達障害』が社会問題になっています。

番組にも出ておられた星野先生の著書のタイトル
「発達障害に気づかない大人たち」
「発達障害を見過ごされる子ども、認めない親」

 私の息子が小学生だった15年前は
「LDなんて聞いたこともない」と言われた時代。
教育委員会に面談に行っても、ほぼ門前払い状態。
求めても求めて、公的な支援教育はかないませんでした。

 そして今、20~40代になった青年達の中には、ひきこもりや二次的な精神疾患など深刻な二次障害に苦しんでいる方、就労がうまく行かない方がたくさんいます。

私たち親は、専門的な知識も情報も皆無な中、周囲の無理解と戦いながら必死に育ててきました。でも、何の支援も受けられないまま、青年になってしまった子ども達なのです。

次の世代の子ども達には、そんな苦しい思いをしてほしくない。
本格的に特別支援教育が始まって早5年。
気づかれない、見過ごされる子ども達・・・
本当に歯がゆいです。
Posted by しましま at 2011年04月14日 22:16
落ち着いていて、一見「普通」に見えていても、やっぱり「発達障がい」は「発達障がい」なんです。
親や他の支援者が努力して落ち着かせても、先生が本当の意味で理解して対応しなかったがためにその気になる「特性」というのが出ちゃったりする訳なので・・・。
せめて、今の小さな診断されたお子さんが、やがて就学する頃には、化石みたいな考えは絶滅して欲しい、せめて危惧種レベルにまで減って欲しいことを心から願っています。
Posted by ウリカエデ at 2011年04月14日 22:52
「特別扱いはしない」とは、”細かな気配りはしない”という意味なのでしょうか?そういう目でみないから、先生が困らない=大丈夫、という発言になるのでしょうか?そんな考え方の先生に託さねばならない親は、運が悪かったではすまされないでしょうね。
Posted by くまパパ at 2011年04月15日 07:55
こうままさん、皆さんの言葉に
深くうなずきました。

「支援、支援」と随分言われるようになったけど
もう何年も前に言われた言葉は、まだまだ
そう簡単には、無くならないんですね、やっぱり。

障害じゃなくて、ただ落ち着きがないだけ。
支援を求めるのは、親のエゴ・・・

唇を何度もかみ締めました。

そして本人がもの凄い状態になった時
もうそこには、通えなくなった時
発達障害と認める人達・・・

認められなくてもいいから
欲しかったのは
「支援」だったのですけれど。
Posted by ななみ at 2011年04月15日 19:13
みなさま、たくさんのコメントありがとうございます。

特別扱いして欲しいのではなく
「特性を理解して、配慮して欲しい」だけ。

わかるように説明してくれたら、出来ることは頑張ってやる子が多い。
何も出来ない訳じゃない。
努力だって、練習だってする、そんなの当たり前。

視力が悪くてメガネかけてる人に「みんな裸眼で頑張ってるんだ。特別扱いはしない。裸眼で見ろ!」って頑張らせるのは理不尽なこと。
それと同じ。

なのに
なかなか通じないのがもどかしいです。

テンプルさんの言葉
「劣っているのではない。違っているだけ。」
その「違い」を認めて欲しいと切に思います。

「何も違わないから大丈夫」じゃな~~~い!!
Posted by こうまま at 2011年04月15日 19:38
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