2006年11月20日

重度知的障害者への支援

日本自閉症協会の機関誌「いとしご」101号が届いた。
今号は、カイパパをはじめ、知っている方が何人か寄稿されていたので、何となくウキウキしながら読む。
【参考記事・カイパパ通信】
http://kaipapa.livedoor.biz/archives/50823862.html

読み進めていたら、ある記事に釘付け・・
「相談室から」というコーナーの永井洋子先生の文章。
永井先生と言えば、
「自閉症治療の到達点」を太田先生とともに書かれている方(ちなみに、いとしごの右ページはその太田先生の記事だったりする・・笑)
この本は自閉症関連の本を入手することがとても難しかったアメリカ駐在時代に私を支えてくれた数少ない本の1冊で・・
迷ったときに必ず読み直す私の「拠り所」になっている「原点」の一冊で・・

まぁ、それはいい。

話を戻して
その「恩人」でもある永井先生の記事は「成人期までの長期相談を通して」と題し、先生が長く関わってきた重度知的障害のある成人さんの現状を通して、
改めて、重度知的障害の方への今後の支援のあり方を問う内容。
一部引用します。

(Mさんの息子さんは)成人になった今も、言葉の理解は乏しく、指さしはなく、玩具では遊べず、模倣も出来ません。
身辺処理にも殆ど介助が必要です。
自発的に出来ることは、洗面所やトイレで水遊びをすること、鍋の蓋を器用に回したりスプーンをゆらゆらと振ったりすることに没頭することです。
認知的には言語以前の段階(ステージT−2)に相応します。


ををっっ
まさにこうくんと同じではありませんか!!
正直な話、こうくんは一生ステージT−2だという気がしているし。
(指さしなどが出来るようになるとT−3になるのかもしれませんが、それは気の遠くなる話です・・)

永井先生はその方の現状を書きつつ、下記のように結んでいます。

Mさんの息子さんのように、熱心に働きかけをしてもなお重い知的障害をもつ成人期の人たちに対して私たちはどんな生活の援助が考えられるでしょうか。
現在は高機能の発達障害へと世の中の関心が移っていますが、重い知的障害の人たちへの援助の方法は殆ど整理出来ていません。
少なくとも、適応行動を身につけることで、行動障害を最小限にしてその人らしく生きるための援助の仕方や治療法を考える必要があります。


こうくんは10才だから、10年後にはもっと伸びてるよ〜
とか、そういう話ではなく(そりゃ、今後も大いに伸びると思いますがステージUには間違ってもなりゃしませんから。笑)

私が家族の反対を押し切ってノースカロライナまで行ったのは「最重度の方達の地域生活の実際を見たい」
ただ、その一点からです。
そして、実際にノースカロライナに行ってみて
理想郷も桃源郷もないという当たり前のことを知ったのです。(バカですね〜)

【関連記事】
大泣きの理由〜地域せいかつ〜
http://koumama.seesaa.net/article/23086396.html
地域交流
http://koumama.seesaa.net/article/23132421.html

彼方(かなた)をうらやむのではなく
足元を見て、可能な事から地道にやっていくしかないのです。

知的障害のない発達障害の方達にようやく目が向いてきたのは嬉しいし、有り難い事です。
私もそれをずっと望んでいたし、一昨年、昨年と「軽度(この言い方はどうかと思うが)発達障害の理解と支援」という内容での管理職研修の講師もしたし、
現在も市の発達障害支援関係機関等連絡調整会議(長っっ)のメンバーでもあります。
それはそれ。

最重度者は地域では暮らせないのか。
地域で暮らすことを最重度者本人は本当に望んでいるのか。
物言わぬ彼らの真の願いは何なのか。

言葉を話すことの出来る知的障害者にマイクを向け
彼らの言葉で主張してもらうのは、それはそれで素晴らしいけれど
それが知的障害者全体の「願い」だというのは
とっても乱暴な話。

物言わぬ彼らの
思いを
願いを
知りたい
posted by こうまま at 18:49| Comment(8) | TrackBack(0) | オピニオン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>物言わぬ彼らの
思いを
願いを
知りたい

★私も本当にそう思うことがあります。
(ヘルパーとして)

「この人は、本当はどう思っているのか」
「ひょっとしたら、我々がしている事は大きな間違い・大きなお世話なのか」と自問自答を繰り返しています。

支援自体にむなしさを感じたとき、
自分の無力さを痛感すると同時に
「あなたはどうしたい?」と本当に聞きたい自分です・・・。
なんかムチャクチャな文章ですみません。
Posted by ウォーリー at 2006年11月20日 23:01
「物言わぬ彼らの真の願いは何なのか」
弟に対して・・・そして、私が今、支援すべきお子さんたちに対して・・・考えない日はありません。心が全て見えたら・・・ドラえもんでも、そんな道具は出してはくれないでしょうね・・。だから・・・いつも、精一杯、自分のベストを尽くすしかなくて。想像して・・・精一杯、彼らの心を想像して。でも、自信が無くて・・・失敗も多くて・・。でもでも!!諦めない!!(諦めちゃいけない!!と自分に言い聞かせながら・・・)諦めないこと・・・私に出来ることは、これだけだから。彼らへの敬意を込めて・・。
Posted by のんたん at 2006年11月20日 23:55
「物言わぬ彼らの真の願いは何なのか」というところに感銘をおぼえました。

うちの長男は今のところ「中度」ですが、成長するにつれて「重度」になる可能性だって無いわけではありません。今だって発語も「名詞」は結構出ていますが、会話になるか?といえば残念ながら「バツ」です。食事も自分でフォークを持って食べますが、「ある儀式」をしないとなかなか食べません。お風呂もほとんど夫か私が介助しています(夫が夜勤でいないときは子供たちの介助のみです。夫がいないときに一緒に入るのが怖くて。。。)。

地域で暮らすにしても最重度の方には難しいでしょうね。知的障害のない私でさえ地域で暮らすのははっきり言ってつらいものがありますから。私にできるのは自閉症の持つ気持ちを代弁してあげること。知的障害については少ししかわからないけど(・_・;)

「生きていくのってやっぱり辛いなあ」
これが(程度の差こそあれ)自閉症を持つ人たちの共通の気持ちなのではないでしょうかね。。。(最近心身ともに凹んでいる私です)
Posted by ルナルナ at 2006年11月21日 04:25
 こうままさん、はじめまして。いつも拝読しております。
 ちょうど自分のブログで、「高機能自閉症の言動で自閉特性ゆえの困難さがわかる」みたいなことを書いた直後にこのエントリを見たので、どうしてもコメントさせていただきたく。
 そう。いくら自閉特有の困難さ、嫌であることを嫌だと感じる理由、理屈がある程度理解できたとしても、それと、「本人の思いや願い」がわかることとは、全く別のことですよね。
 自閉特有の辛さがあるから、だから、結局どうしたいのか。というところは、個人個人異なるわけだし、安易に「言葉を話せる自閉」の方を全体の代弁者として、「自閉の人はみんなこうしたい」と結びつけるのは乱暴です。
 重度の方の生活の質を考える時、どうしても周囲の「よかれ」的な考えが優先されがちです。「本人が」「本当に」何を望んでいるのかを、慎重に慎重に見極めて選択していく必要があるのですね。
 
Posted by ぽんママ at 2006年11月21日 15:05
◇ウォーリー
うん、今朝もとよっちが同じ事言ってて「私、それ昨日ブログに書いた〜」って(笑)
私もこうくんが荒れるといつも思います。
で、ニコニコの時は忘れてます。
現金なんだなぁ。

◇のんたん
想像して想像してやってみて撃沈してまた想像して・・・
それの繰り返しだよねぇぇぇえ

◇ルナルナさん
そうなのですよね。
最近、地域、地域っていうけど
現実は甘くなくて、辛いことが多いのですよね。
何が本人にとって幸せなのか
ずっと考え続けていくのかなと思います。

◇ぽんママさん
書き込みありがとうございます。
高機能の方たちが語ってくださることによって明らかになったものがすごくたくさんありますよね。
そういう意味では、代弁者だと思います。
ただ、生き方を論じるとき、それはぽんママさんがおっしゃっているように本人次第なので、感じ方や困り感は代弁出来ても何を望むかは代弁出来ないですよね。
地域の人たちに囲まれてニコニコ生きたい自閉さんだっているでしょうし、変化のない施設の中での安定した暮らしを望む自閉さんだっているでしょうし。
勝手に決めるな〜って事ですよね。

ああ、
どうやったら分かるのか。
親は選べるように経験させてあげたり見せてあげることしかできないなぁ。
Posted by こうまま at 2006年11月21日 20:09
重度の知的障碍への支援。。。
本人への接し方、支援、理解の進め方etc
誰かイチから教えてくれないかな・・・と
切実に思っています。
ただ、息子が取得できるすべは
すぐそこに限界があることも感じています。
今、私が思い描く息子の未来像は
家で私達と一緒に暮らし、
家の中でのサポートは親、
外は数名の長期に関わって
下さるヘルパーさんの助けを借りて
彼のペースで生きられたらいいなぁ・・・と
思っています。
安定した人的環境、なかなか
施設には望めないだろうと思ってて
なかなかそっちの方へ気持ちが行きません。
自分自身も集団生活が苦手なので
生活スタイルとしてもよい想像が出来ません。
何か一つのことに没頭できない息子なので、
フルタイムの見守りが必要だと思うのですが、
在宅でそれを準備提供できるかどうかは
とっても不安だし、自信がないです。
行政はミズモノだと思うし、
心配が要らないほどお金が残せるでもないし、
何か安定した自立したシステムが欲しいなーと
思っています。
Posted by shiba at 2006年11月23日 22:31
だいぶ前のプログなのにこの部分に書き込みをしたくなりました。
物言わぬ彼らの思いを願いを知りたい・・
こうまま、私はいまだに「万華鏡キラキラ」が歌えません。
「僕の歩く道」も冷静に見れるようになりました。でもこの歌の詩にはどうしても詰まってしまいます。この歌が最期までしっかり歌えるようになったら、マニアっ子母合格かなと思いますが、まだまだです。
先日、デイサービスの責任者の方としっかりと話をする機会がありました。発語がない子にしては絵がとても上手な事を誉めていただきました。
「どうして描けるようになったのかなぁ〜」と話してる時に気づきました。私は同じ絵を何回描かされたでしょう?1日5回としても3ヶ月以上は毎日書いていたので、400以上は同じ絵を描いていたみたいです。それをなぞり描きし、今開花しているようです!知らないうちの努力もいつか報われる日が来る〜かもです。
Posted by たいちゃんラブ at 2006年11月25日 03:14
◇shibaちゃん
まだお子さんが小さいのに将来を見据えているshibaちゃんは、すごいなぁと思います。
でも、そうせざると得ない現状があるよね。
私もどんどん強くなっちゃう・・・(爆)

◇たいちゃんラブさん
私も「万華鏡キラキラ」は歌えません。
あの歌詞は・・・ぐっときちゃう。
無理。
でもって同じく「僕ある」はじぇんじぇん平気ですね〜(笑)
思いが重ならないから普通に見られる。
あれはあれで「物語」というかフィクションとして楽しめばいいかなと思ってます。
私は「万華鏡キラキラ」はきっと一生涙なしでは歌えないと思います。
マニアちゃんの母だからこそ、歌えないんじゃないかと思うデス。
Posted by こうまま at 2006年11月25日 14:03
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